top of page
ブログ
武術と武道
武術と武道 日本には武道という言葉が生まれるはるか昔から、武術、または武芸という言葉が使われていた。そのあとで一度武道という言葉が登場するがそれは武士道という言葉とほぼ同意語としての意味で使われていたようで、現代において共有されている意味における武道とは少し異なっていたようだ。 現在、認識されている武道という言葉には道の思想によって実践するということが強調されている。道の思想とは、稽古を通した人生という時間の移り変わりを、あたかも進んで行く上で移り変わっていく道という視覚的なイメージに重ねたものであり人生という時間軸を伴う。ちなみに茶の湯や生け花などの文化では茶道、華道のように道という呼称が江戸中後期には既に定着していた。 武術を道という思想に基づいて実践するという考えは、柔道の創始者である嘉納治五郎が柔術の「術」という字を「道」に変えた辺りから広がり始めたと考えられる。その後、弓術は弓道、剣術は剣道と呼び始め、植芝盛平翁が合気柔術から合気道を創始した。それと同時代に沖縄から日本本土に伝わってきた空手にも道をつけて空手道と呼ぶようになった。これら
Takeshi Oryoji
3 時間前
試合用剣道と昇段審査用剣道
今後、概念としての武道が広まっていくためには、定義された武道との二面性を否定しようとするのではなく、むしろこの二面性と共に発展させていくことが建設的かつ効果的であり、またそれ以外にはないだろう。両方を共存させその上で区別することによって、その違いが明確に理解されていき、その理解の度合いに応じて武道コンセプトを広げていくしかない。 この点においても剣道の仕組みは参考になる。剣道界には現在「試合用剣道」と「昇段審査用剣道」という用語が存在している。これらは剣道家の間でどこからともなく使われ始めた用語であると思われる。 剣道では常に「気、剣、体一致の剣」というのが理想の剣とされている。つまり、気迫そして精神的な充実、剣としての竹刀操作の正確さ、そして運足や姿勢や身体の力、という三つの要素が一体となって繰り出される技を決めることを目標としている。それはここで再三述べているいわゆる見事な一本のことだと理解してもらえばいい。 剣道界での公式な立場は一貫して昇段審査に臨むに当たってはもちろん、試合でもこの気剣体一致の剣が大切だと指導しておりそれは揺るがないが、
Takeshi Oryoji
2025年10月19日
概念としての武道と定義された武道
嘉納治五郎が夢見た柔道の国際化はオリンピックという形で実現した。しかし、それから約60年経った今、国際化された柔道は完全に嘉納治五郎の柔道思想を失ってしまうという皮肉な状況を招いた。だが、この現状をネガティブに捉える必要はない。私は前項で、「スポーツ的な考え方を知らなかった...
Takeshi Oryoji
2025年9月21日
bottom of page